法律コラム

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相続放棄と法定単純承認

はじめに

相続を希望しない場合、所定の期間内に裁判所で手続きをとることで、相続放棄をすることができます。もっとも、遺産に関して一定の行為を行った場合には、相続を承認したものとみなされてしまい(これを法定単純承認といいます)、相続放棄ができなくなってしまう場合があります。
そのため、相続放棄を検討されている方は、遺産について慎重に取り扱っていただく必要があります。

そこで今回は、相続放棄と法定単純承認について説明したいと思います。

01  相続放棄の手続

相続が発生した場合、プラスの財産だけではなく、マイナスの財産も相続人に承継されます。

プラスの財産の方が多い場合はよいですが、マイナスの財産の方が多い場合でも承継しなければいけないとすると、相続人にとって酷となる場合があります。例えば、被相続人の背負った借金がある場合などです。

そこで、相続人は、相続するかしないかを自由に決めることができ、相続を望まない場合は、家庭裁判所で相続放棄の手続をとることで、マイナスの財産も含めて承継しなくてよいことになります。

家庭裁判所における相続放棄の手続きは、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に、相続放棄の申述書及び添付書類を提出して行いますが、誰が相続人かによって必要な戸籍等の範囲が異なりますので、以下にてご確認ください。

【参照】
最高裁ホームページ:「相続の放棄の申述

02  単純承認と法定単純承認

相続人が相続放棄をする場合、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に家庭裁判所で相続放棄の申述をしなければならず、この期間を「熟慮期間」といいます。

一方、熟慮期間内であっても、遺産の承継を無条件に認めることができ、これを「単純承認」といいます。単純承認した場合は相続放棄をすることはできません。

そして、熟慮期間内に相続放棄もせず単純承認もしない場合など、一定の事由がある場合は、民法上、単純承認があったものとみなされます。これを「法定単純承認」といいます。

以下では、どのような場合に法定単純承認となるかについて、条文の規定とともに見ていきたいと思います。

03  法定単純承認事由①_民法921条1号

【民法921条1号】
相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

遺産に対する処分行為があった場合、原則として単純承認したものとみなされます。例えば、遺産である預金を引き出し、私的に費消してしまったような場合です。このような行為自体から遺産を承継する意思が窺えるため、処分行為があった場合、単純承認したものとみなされることになります。

もっとも、保存行為にあたる場合、その行為自体から遺産を承継する意思が必ずしも窺えるわけではないため、法定単純承認とは扱われません。例えば、遺産である建物の雨漏りを修繕し、その費用を遺産から支払うような場合です。このような行為については、遺産の現状を維持する目的と解され、遺産を承継する意思が窺えるわけではないため、処分行為には当たらない、と解されています。

それでは、処分行為と保存行為の明確な線引きはあるのでしょうか。

相続放棄を検討されている方から、例えば、アパートを解約するのは?携帯の解約は?借金の返済は?などと、ご質問をいただくことが少なくありませんが、具体的に、何を、どこまで行うのか次第で判断が異なる場合もあるため、一律にこれはOK、これはダメ、と断言はできません。

いずれにしても、相続放棄をする余地があるのであれば、積極的に遺産に関与することは望ましくなく、まずは相続放棄をするか否かの判断を先行させ、相続放棄をするとの判断になった場合には、遺産に関しては一切処分しない、関係者からの要求にも「相続放棄を検討中なので」と説明したうえで、極力応じない、との対応を取られるのが安全だと思います。

04  法定単純承認事由②_民法921条2号

【民法921条2号】
相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

相続放棄や限定承認は、熟慮期間内(自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内)に行う必要があります。そのため、熟慮期間を経過した場合は、もはや相続放棄も限定承認もする意思がなかったとものとして、単純承認したものとみなされます。

もっとも、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、単に相続の開始を知っただけではなく、相続すべき財産(債務)があることを知った時、を指しますので、例えば、没交渉だった被相続人について、遺産がまったくないと信じていたところ、1年後に債権者からの督促により借金があることが判明したという場合、そこから3か月以内であれば相続放棄をすることができます。そのような場合、単純承認とはみなされません。

【判例:最判昭和59年4月27日
『民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である』(下線引用者)

裁判所としても、被相続人の負った借金を相続人に無条件に負わせるのは酷である、という発想があるため、熟慮期間後の相続放棄についても、期間後となったことについて相応の理由を疎明すれば、比較的広く相続放棄が認められる場合が多いという印象があります。実際、以下のような裁判例があり、裁判所としては、基本的に相続放棄の申述を広く受理する運用であると考えられます。

【裁判例:東京高決平成22年8月10日】
『相続放棄の申述がされた場合,相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることは予定されておらず,受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し,却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き,相続放棄したことを主張できなくなることにかんがみれば,家庭裁判所は,却下すべきことが明らかな場合以外は,相続放棄の申述を受理すべきであると解される』

05  法定単純承認事由③_民法921条3号

【民法921条3号】
相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

相続人が遺産を隠匿し、消費し、あるいは遺産目録に故意に記載しなかったような場合、単純承認したものと扱われます。これらの行為を「背信行為」と言います。

相続人は、相続放棄や限定承認をした後も、遺産に対して自己の財産と同一の注意義務を持って管理しなければならないため(民法926条、940条1項)、この義務に反して背信行為を行った相続人に対しては、もはや相続放棄等を認めて保護してあげる必要がない、よって、単純承認したものと扱います、という考え方です。

もっとも、次順位の相続人が相続を承認した後に背信行為があった場合には、法定単純承認とは扱われません。これは、次順位者の相続についての意思を尊重するとともに、法律関係の安定を図る趣旨になります。

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