法律コラム

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遺言能力と遺言の有効性

はじめに

相続人間で紛争が生じないようするための生前対策は、遺言を作成しておくこと、に尽きます。内容にも配慮した遺言を作成することで、多くの相続紛争を回避することができます。

もっとも、遺言を書いて欲しい親などがすでに認知症になってしまっている場合、そもそも遺言を有効に作成できるのか、という問題があります。

そこで今回は、遺言能力と遺言の有効性について説明したいと思います。

01 遺言相続と法定相続

日本の民法では、遺産の相続の仕方として、遺言相続と法定相続の2つが規定されています。

遺言相続とは、遺言内容に基づいて遺産の承継が行われる相続のこと、を言い、法定相続とは、民法に定められた相続割合に従って相続すること、を言います。

遺言とは、遺言者による、自己の財産等についての最終の意思表示のことであり、相続においては、遺言者の遺志が優先されます。

そのため、遺言がある場合は、遺言相続が法定相続に優先しますので、遺言内容に基づいて相続分が指定され、あるいは遺産の承継が行われることになります。

これに対し、遺言が存在しない場合には、民法に定められた相続割合で相続人が暫定的に遺産を共有することになります。その後、遺産共有状態を解消するために遺産分割協議が行われ、協議が成立すると、遺産の承継が確定します。

遺言によりすべての遺産の帰属先を指定した場合、例えば、被相続人が父、相続人が子ABのケースで、遺産のすべてを特定の相続人Aに「相続させる」との遺言をした場合、相続が開始して遺言の効力が発生すると、遺産分割の余地なくAに遺産が承継されることになります。

もっとも、遺留分を侵害された相続人Bは遺留分侵害額請求を行うことが可能です。そのため、遺言を作成し、承継先を指定しただけでは、まだ紛争が起こる可能性があります。

そこで、Bの遺留分にも配慮し、遺言の内容として、Aに4分の3程度となる遺産を、Bに4分の1程度となる遺産をそれぞれ相続させるとの内容にしておくと、遺言の効力発生により、遺産の帰属も確定し、さらに、Bの遺留分が侵害されない結果、理論上は遺産をめぐる紛争が起きないことになります。

しかし実際は、遺言で指定された遺産の評価をめぐって、なお遺留分が侵害されている、という形で争われる場合もありますし、後述のとおり、遺言の有効性として紛争化することもあります。

それでも、そのような紛争を起こすこと自体、時間的・経済的・精神的なコストが生じることになるため、紛争化により得られる利益と比べた結果、先程述べたような遺留分を侵害しないと思われる絶妙な遺言が作成されているケースでは、紛争化しないケースが多いのではないでしょうか。

そのため、内容面にも配慮した遺言を作成することで、多くの相続紛争を回避できることになるでしょう。

なお、実務上は、遺言がある場合でも、相続人全員の合意により、遺言とは異なる内容で遺産分割を行うことができるとされています(参照:法律コラム「遺言書があっても遺産分割できる?」)。

02 遺言能力とは

遺言能力とは、遺言を有効に作成することができる能力、のことをいいます。

相続紛争を回避するために、遺言の作成は極めて有用ですが、せっかく作成した遺言が無効では意味がありません。そのため、遺言は有効に作成される必要があり、そのために、遺言者には遺言能力が必要となります。

民法では、遺言能力に関し、以下の条文が規定されています。

【民法】
第961条 15歳に達した者は、遺言をすることができる。

第962条 第5条、第9条、第13条及び第17条の規定は、遺言については、適用しない。

第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

第973条1項 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復したときにおいて遺言をするには、医師2人以上の立会いがなければならない。

未成年者であっても、15歳以上の者は、遺言を作成することができます。その場合、親権者の同意は必要ありません。

また、遺言の作成については、成年被後見人、被保佐人、被補助人の法律行為に関する制限の規定は適用されません。

このように民法は、行為能力の制限を受けるような者であっても、可能な限り遺言の作成を認め、できる限り、遺言者の最終の遺志を尊重しようとしています

なお、成年被後見人については、そもそも事理弁識能力を欠いている場合に後見開始の審判がなされるため、遺言及びその内容を正確に認識して作成することができないのが通常ですので、遺言能力がなく、遺言を有効に作成できないケースがほとんどと言えます。

もっとも民法は、上記したとおり、可能な限り遺言者の最終遺志を尊重しようとの考えであるため、通常は判断能力を欠く成年被後見人であっても、一時的に判断能力を回復した場合には、医師2人以上の立会い及び同医師らが事理弁識能力を欠く状態になかったと遺言書に付記することにより、有効に遺言を作成できることを定めています。

遺言については判断能力を一時的に回復する、というような奇跡がどの程度起き得るのかは別として、このような規定からも、民法が、可能な限り、遺言者の最終の遺志を尊重しようとしていることがお分かりいただけるものと思います。

このように、民法が想定している遺言能力とは、法律行為を行うために必要な行為能力ではなく、身分行為を行うために必要とされる意思能力(正常に意思決定を行える能力)のことを言うものと解されます。

03 遺言能力の有無の判断基準

それでは、遺言能力の有無は、どのように判断されるのでしょうか。遺言能力が争われた裁判例を、以下、確認していきます。

遺言能力の有無の判断枠組みを示した裁判例 【東京地判平成16年7月7日】

本件は、遺言者が脳血管性痴呆により遺言能力を欠いていたとして、自筆証書遺言が無効とされた事例です。遺言能力の有無の判断枠組みに関し、裁判所は、以下のとおり判示しています。

『遺言には、遺言者が遺言事項(遺言の内容)を具体的に決定しその法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)すなわち遺言能力が必要である。遺言能力の有無は、遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無等遺言者の状況を総合的に見て、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによって判定すべきである。』

公正証書遺言が無効とされた事例 【東京高判平成25年3月6日】

本件は、うつ病と認知症に罹患していた遺言者が、もともと作成していた自筆証書遺言(S55.4.25付)の内容と異なる遺言公正証書(H19.3.2付)を作成したことに関し、公正証書作成時における遺言者の遺言能力が争われた事案です。裁判所は、

・遺言作成直前には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などの問題がある行動があり、複数の薬を処方され、夜間時々覚醒していて不眠を訴えるなど、判断能力が減弱した状態で作成されたこと

・遺言者の妹が、遺言者に無断で、遺言作成の直前に転院を行い、自宅住所の変更や印鑑登録を行い、遺言公正証書の作成手続を行っていること

・公証人の遺言作成手続には、遺言者の住所確認の不十分、受遺者を排除していない、署名の可否を試みていない、遺言者の視力障害に気づいていないなどの点に疑問があること

・旧遺言は遺言者の妻に全財産を相続させるとの内容であり、H19.3.2当時、妻は生存中であったのに、あえて妹に全財産を相続させるとの内容に変更する合理的理由が見当たらないこと

などを理由として、遺言者が、『本件遺言時に遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力たる意思能力を備えておらず、遺言能力があったとはいえないから、本件遺言は有効とは認められない』と判示しています。

04 遺言能力の争い方

自筆証書遺言であれ、遺言公正証書であれ、遺言能力がなければ遺言は無効となります。そのため、遺言能力を争う場合、裁判手続を利用し、遺言が無効であることの確認を求めていくことになります。

遺言無効確認請求は、「家庭に関する事件」に当たるため、本来、訴訟を提起する前に、調停を申し立てる必要があります。これを、調停前置主義(家事事件手続法257条1項、244条)といい、家事事件の多くの事件は、調停前置主義が採られています。

もっとも、調停での解決が見込めないような場合には、調停前置主義の例外として、「裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるとき」(家事事件手続法257条2項ただし書)に当たるものとして、調停を経ずに訴訟が提起されても、調停に付されることなくそのまま訴訟を続けられる場合があります。

そして、遺言無効が争われる場合、遺言が有効か無効か、つまり0か100かの議論をすることになり、中間的合意ということが類型的に困難な事案であるため、実務上は、調停を経ることなく、最初から遺言無効確認訴訟を提起しても、裁判所は調停に付さずにそのまま審理してくれることが多いと思います。

そのため、遺言能力を争う場合には、最初から遺言無効確認訴訟を地方裁判所に提起するのがよいでしょう。

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