法律コラム

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遺言書があっても遺産分割できる?

事例|相続人の1人に全財産を相続させるとの遺言が残されたケース

父が亡くなりました。相続人は、私(長男)、姉(長女)、妹(次女)の3人です。遺産は、実家の不動産と預貯金です。

父は公正証書で遺言書を作成していて、その内容は、長男である私に「すべての財産を相続させる」というものでした。

私は、自分で事業をやっていて特にお金には困っていませんが、姉や妹は、嫁いだ先で色々と金銭的に苦労しているようなので、遺産については3人で平等に分けたいと思っています。

そこで、改めて姉や妹と遺産分割を行いたいと考えていますが、そもそも、遺言がある場合にもその内容を無視して遺産分割を行うことはできるのでしょうか?

架空の事例です

はじめに

「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)がある場合でも、相続人全員が合意することで、遺言の内容と異なる遺産分割を行うことが可能です。もっとも、遺言書に基づきすでに相続手続を進めている場合には、別途、贈与税が課せられる可能性がありますので、注意が必要です。

それでは以下で詳しく見ていきましょう。

01 「相続させる」旨の遺言の場合は遺産分割協議ができない?

特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言(これを特定財産承継遺言と言います)の場合、理論的には、もはや遺産分割は行えないと考えられます。

これは、特定財産承継遺言については、判例上、遺産分割方法の指定(民法908条)を定めたものと解されていますので、遺言で特別に規定しておかないと、相続発生により、何らの行為を要せず当該相続人に財産が承継され、遺産分割の対象となる財産から逸脱してしまう、と考えられているからです。

【判例】
『「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。』(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)

また、遺産のうち特定の財産のみでなくすべての財産を特定の相続人に相続させるとの遺言についても、個々の相続財産について特定財産承継遺言が行われたもの、と解されています(最判平成8年 1月26日参照)。

事例のケースでは、相続人である長男にすべて相続させるとの内容ですので、不動産と預貯金それぞれについて、特定財産承継遺言を行ったものと解釈されます。

02 実務上は特定財産承継遺言の内容と異なる遺産分割ができる

遺言とは、被相続人の最終の意思表示です。そのため、遺言書があるならば、本来、その内容に従うべきといえます。

もっとも、遺言は被相続人が一方的に作成するものですので、遺言書の内容が相続人らの希望する内容ではない、という場合も当然にあります。

そして、遺言作成の目的は相続人間の紛争を避ける点にありますので、すべての相続人が納得するのであれば、遺言とは別の内容で遺産分割を行うことが妨げられる理由はありません。

そこで、裁判例では、特定財産承継遺言の場合についても相続人全員で遺言と異なる内容で遺産分割協議を行うことが認められており、実務上も同様の取扱いとなっています

【裁判例】
『特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言がなされた場合には,当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該不動産は当該相続人に相続により承継される。そのような遺言がなされた場合の遺産分割の協議又は審判においては,当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても,当該遺産については,上記の協議又は審判を経る余地はない。以上が判例の趣旨である(最判平成3年4月19日第2小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。 しかしながら,このような遺言をする被相続人(遺言者)の通常の意思は,相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから,これと異なる内容の遺産分割が全相続人によって協議されたとしても,直ちに被相続人の意思に反するとはいえない。 被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別,そうでなければ,被相続人による拘束を全相続人にまで及ぼす必要はなく,むしろ全相続人の意思が一致するなら,遺産を承継する当事者たる相続人間の意思を尊重することが妥当である。法的には,一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが,このような遺産分割は,相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし,その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。また従前から遺言があっても,全相続人によってこれと異なる遺産分割協議は実際に多く行われていたのであり,ただ事案によって遺産分割協議が難航している実状もあることから,前記判例は,その迅速で妥当な紛争解決を図るという趣旨から,これを不要としたのであって,相続人間において,遺言と異なる遺産分割をすることが一切できず,その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することはできないというべきである。』(さいたま地判平成14年2月7日)

03 税務上の取扱いに注意

税務上でも、特定財産承継遺言の内容と異なる遺産分割が行われることは想定されています。

そして、遺言の内容と異なる遺産分割が行われた場合でも、遺産分割の内容に対して相続税が課税されるのみで、受遺者から他の相続人に対する贈与税は、別途、課税されません。

【参照】
国税庁ホームページ:「遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税

もっとも、特定財産承継遺言に従い相続税申告や相続登記が完了してしまっていると、相続による財産承継の法律効果が確定していますので、その後に相続人の合意で遺産を移動させた場合には、もはや「遺産分割」とはいえず、「贈与」や「交換」といった法律行為と解されてしまうものと思われます。

そうなると、遺言より取得分が増えた相続人に対しては、相続税ではなく贈与税や所得税が課税される可能性がありますので、注意が必要です。

04 相続法改正(法定相続分を超える取得はすべて対抗問題)

先ほども触れましたが、特定財産承継遺言は、相続の発生により何らの行為を要せずに財産が承継されます。

そのため、その権利の移転については、判例上、法定相続分又は指定相続分の相続と異ならないものとして、特定財産承継遺言により不動産を取得した者は、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができるとされていました(最判平成5年7月19日、最判平成14年6月10日参照)。

しかし、特定財産承継遺言の存在や内容について、相続人以外の第三者は知らないことが普通であり、それにもかかわらず登記を不要とすると、第三者の取引の安全が害されてしまう、という点が指摘されていました。

そこで、相続法の改正により、相続による権利の承継については、遺産分割によるものか特定財産承継遺言かなどにかかわらず、自身の法定相続分を超える部分については、登記(対抗要件)を備えないと第三者に対抗することができない、ということが明文化されました。

先程の判例を変更する改正であり、今後はより一層、遺言に基づく相続登記を速やかに行う必要があるといえます。

【民法899条の2第1項】
相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。

まとめ

 POINT 01 特定財産承継遺言の場合、相続発生により何らの行為なく相続財産が承継される

 POINT 02 すべての相続人が合意すれば、特定財産承継遺言の内容と異なる遺産分割を行うことができる

 POINT 03 相続法の改正により、法定相続分を超える不動産の取得は、すべて対抗問題とされた

いかがでしたか。特定財産承継遺言がある場合でも、すべての相続人が合意することで、遺言の内容と異なる遺産分割を行うことができます。もっとも、遺言に基づき相続手続を進めている場合は、遺言の内容と異なる形に遺産を移動させると、別途、贈与税が課せられる可能性がありますので注意が必要です。

事例のケースでは、長男・長女・次女の3名の合意により、例えば、長男は不動産を、長女と次女は預貯金を半分ずつ、という内容で遺産分割を行うことができます。そして、遺言に基づき相続手続を進めていない場合は、相続税しか課税されません。

長女と次女には断る理由がないように思いますので、長男の立場からは、是非とも遺言と異なる遺産分割を提案されてみてはいかがでしょうか。

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