法律コラム

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遺産分割の対象となる財産とならない財産

はじめに

相続が発生すると、相続開始時点で被相続人が有していた財産及び権利義務は、原則としてすべて相続の対象となり、相続人に承継されます(民法896条)。この財産及び権利義務を「相続財産」ないし「遺産」といいます。

もっとも、被相続人に一身専属的に帰属する権利義務は遺産に含まれません(民法896条但書)。一身専属権とは、文字通りその権利が専ら特定人の一身に属し、他人が取得し、または他人に移転できない権利をいいます。

たとえば、雇用契約における使用者・被用者の地位(民法623条)、委任契約における委任者・受任者の地位(民法643条)、年金受給権や一定の資格などがこれにあたります。会社の従業員が亡くなった場合、その従業員の相続人が会社の被用者たる地位を相続するわけではない、といったイメージをしていただくとわかりやすいでしょう。

相続人が複数いる場合は、遺産分割を行います(民法906条)。「遺産分割」とは、被相続人の死亡によって共同相続人の共有に属することになった個々の財産について、その共有関係を解消して、各相続人の単独所有又は一定の共有関係にする手続です。ですから、遺産分割の対象となる財産は「相続開始時に存在し、かつ分割時にも存在する未分割の遺産」ということになります。

このように、たとえ被相続人の財産及び権利義務であっても、そのすべてが相続の対象たる遺産となるわけではなく、遺産であっても、そのすべてが遺産分割の対象となるわけではありません。

そこで、今回は、遺産の範囲について説明したいと思います。

01 不動産

被相続人が所有する不動産、すなわち土地や建物、その他の定着物(立木、土地と不可一体をなす塀等)は遺産分割の対象となります。また、被相続人の不動産賃借権(いわゆる借地権や借家権)には財産的価値が認められ、かつ借地人あるいは借家人としての地位は、被相続人にのみ認められる一身専属権とはならないので、遺産分割の対象となります。

ただし、公営住宅を使用する権利については、公営住宅法により入居者ごとに入居条件が審査されるため、最高裁は以下のとおり判示し、遺産分割の対象とはしませんでした。

【判例】
『入居者が死亡した場合には、その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はない』(最判平成2年10月18日民集 44巻7号1021頁)

02 預貯金

判例・通説では、金銭債権その他の可分債権は相続の発生により法律上当然に分割され、各相続人が各相続分に応じて当然に分割取得すると解されています(最判昭和29年4月8日、最判昭和30年5月31日など)。そして、預貯金の払戻請求権も金融機関に対する金銭債権のため、預貯金も、相続の発生により可分債権として当然に分割されるため、遺産分割の対象とはならないと解されていました。

しかしながら、最高裁は、以下のとおり判示し、預貯金債権については、他の可分債権と異なり、遺産分割の対象となると判示しました。

【判例】
『共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である』(最大決平成28年12月19日金融・商事判例1508-10)

そうすると、預貯金債権については、遺産分割までの間は共同相続人全員が共同して行使しなければならないことになり、被相続人の債務の弁済をする必要がある、あるいは被相続人から扶養を受けていた相続人の当面の生活費を支出する、といったような遺産分割前に相続人において預貯金を払い戻す必要がある場合に、不都合が生じてしまいます。

このような不都合を解消するために、平成30年7月6日に成立した民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)は、相続された預貯金債権について、遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、以下の制度が創設されました。なお、この制度の原則的な施行日は2019年7月1日です。

(1)払戻し制度の創設

金融機関ごとの金額による上限を設けたうえで、以下の計算式により算出される預貯金の払戻しを、各相続人が単独で、金融機関の窓口で受けられるようになりました。ただし、金融機関ごとに150万円が上限とされています。

計算式
相続開始時の預貯金債権の額×1/3×当該払戻しを行う相続人の法定相続分

具体例
父の相続、相続人は長男・長女(法定相続分各1/2)の場合。預金は1つの口座に600万円
この場合、600万×1/3×1/2=100万につき、長男・長女が各自単独で払戻し可能。

(2)家事事件手続法の保全処分の要件を緩和

改正前から、仮分割の仮処分を利用することにより、各相続人が単独で遺産たる預貯金債権を払い戻すということは制度上認められていましたが、仮処分の要件(保全の必要性)が厳格であり、なかなか利用されていないのが実情でした。

そこで、改正により、預貯金債権の仮分割仮処分の要件を緩和し、①遺産分割の審判または調停の申立てがあった場合において(本案係属要件)、②債務の弁済、相続人の生活費の支出その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは(必要性の要件)、家庭裁判所の判断で、③他の共同相続人の利益を害しない限り(相当性の要件)、遺産に属する特定の預貯金の全部または一部を申立て相続人に仮に取得させることができるようになりました。

03 株式

株式は有価証券ですので、遺産として相続人に承継されます。そして、相続人が複数いる場合に、株式がどのように相続されるかについて、最高裁は以下のとおり判示しています。

【判例】
『株式は、株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し、株主は、株主たる地位に基づいて、剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号)、残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などのいわゆる自益権と、株主総会における議決権(同項3号)などのいわゆる共益権を有するのであって、このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば、共同相続された株式は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである』(最判昭和45年1月22日、平成26年2月25日)

すなわち、株式は、相続発生により法定相続分に応じた株数で当然に分割されるのではなく、遺産分割未了の場合には、1株ごとに法定相続分に基づく準共有(数人で所有権以外の財産権を有する場合。民法264条)となる点に注意が必要です。

なお、国債や社債、投資信託についても同様に解されており、遺産分割の対象財産となります。

04 生命保険金

一般的に、生命保険金は、保険契約に基づき、被保険者の死亡により保険金受取人に指定された者の固有の権利として発生するため、遺産分割相続開始時に被相続人に帰属していた財産とはいえず、原則として相続財産にはあたりません。

保険金受取人が具体的に指定されている場合は、保険金受取人固有の権利ということで問題は生じませんが、それ以外の場合については検討が必要です。以下、具体的に見ていきましょう。

(1)保険契約者:被相続人 被保険者:被相続人 受取人:相続人 との保険契約

受取人が「相続人」と指定されている場合について、最高裁は以下のとおり判示しています。

【判例】
『本件養老保険契約において保険金受取人を単に「被保険者またはその死亡の場合はその相続人」と約定し、被保険者死亡の場合の受取人を特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合でも、保険契約者の意思を合理的に推測して、保険事故発生の時において被指定者を特定し得る以上、右の如き指定も有効であり、特段の事情のないかぎり、右指定は、被保険者死亡の時における、すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であって、…右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない』(最判昭和40年2月2日民集19-1-1)

さらに、最高裁は、複数の相続人が保険金受取人となる場合の各相続人の保険金取得割合について、以下のとおり判示しています。

【判例】
『保険契約において、保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合は、特段の事情のない限り、右指定には、相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定も含まれているものと解するのが相当である。…したがって、保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合に、数人の相続人がいるときは、特段の事情のない限り、民法427条にいう「別段ノ意思表示」である相続分の割合によって権利を有するという指定があったものと解すべきであるから、各保険金受取人の有する権利の割合は、相続分の割合になるものというべきである。』(最判平成6年7月18日)

つまり、受取人が相続人と指定されている生命保険金の場合、生命保険金は、受取人に指定された各相続人の、各法定相続割合による固有の権利となります。

よって、受取人が「相続人」と指定されている生命保険金は、相続財産にはあたらず、遺産分割の対象ではありません。

(2)保険契約者:被相続人 被保険者:被相続人 受取人:指定なし の保険契約

受取人の指定がない場合について、最高裁は以下のとおり判示しています。

【判例】
『〇〇火災海上保険株式会社交通事故傷害保険普通保険約款第〇条は、「当会社は、被保険者が第一条の傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険金額の全額を保険金受取人、もしくは保険金受取人の指定のないときは被保険者の相続人に支払います。」と規定するところ、本件保険契約は右約款に基づき、これをその契約内容として締結されたというのである。ところで、右「保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う。」旨の条項は、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明確にするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり、保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがないというべきである。そして、保険金受取人を相続人と指定した保険契約は、特段の事情のないかぎり、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者のための契約であり、その保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産となり、被保険者の遺産から離脱したものと解すべきであることは、当裁判所の判例(昭和三六年(オ)第一〇二八号、同四〇年二月二日第三小法廷判決・民集第一九巻第一号一頁)とするところであるから、本件保険契約についても、保険金請求権は、被保険者の相続人である被上告人らの固有財産に属するものといわなければならない。』(最判昭和48年6月29日)

つまり、受取人の指定がなく、約款において「相続人に支払う。」との規定がある場合は、上記(1)同様、生命保険金は相続人固有の権利となるため、相続財産にはあたらず、遺産分割の対象ではありません。

05 死亡退職金

死亡退職金とは、労働者等の死亡による労働契約等の終了を支給事由とする退職金のことです。死亡退職金が遺産かどうかは、支給規程の基準、受給権者の範囲や順位等を検討して個別具体的に判断しますが、判例では、死亡退職金は遺族固有の権利として遺産分割の対象とはならないとされています。

【判例】
『右規程によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、…(中略)…右規程は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり、そうすると、右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないというべきである』(最判昭和55年11月27日、民集第34巻6号815頁)

『県学校職員退職手当支給条例2条、県職員退職手当条例2条、11条は、…専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右の規定により直接死亡退職手当を自己固有の権利として取得するものと解するのが相当である』(最判昭和58年10月14日判タ532号131頁)

06 遺族年金

遺族年金は、厚生年金保険法、国家公務員等共済組合法等の社会保障関係の特別法によって、死亡者と一定の関係にある親族に対してなされる給付のことです。

遺族年金はもっぱら被保険者であった者の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とするもので、受給権者固有の権利であり、遺産にはあたりません。

07 法定果実(遺産たる収益不動産の賃料収入)

相続開始から遺産分割までの間に遺産である被相続人所有の賃貸不動産から生じた賃料債権の帰属について、最高裁は、以下のとおり判示しています。

【判例】
『遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。』(最判平17年9月8日民集第59巻7号1931頁)

つまり、賃料債権は、遺産分割までは各相続人の各相続割合に応じた各相続人固有の債権となり、遺産分割後は、当該賃貸不動産を単独所有した者の固有の債権となります。

08 祭祀財産

祭祀財産とは、系譜、祭具及び墳墓等を指しますが、これら祭祀財産の所有権は「慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者」(民法897条1項)や「被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者」(同但書)が承継するとされています。

そのため、祭祀財産は相続財産にあたらず、遺産分割の対象ではありません。

09 葬儀費用

葬儀費用とは、被相続人の通夜・告別式、火葬等に要する費用を指しますが、これらは相続開始後に生じた債務であり、被相続人の債務ではなく、相続財産に関する費用にもあたりませんので、遺産分割の対象となるものではありません。

もっとも、相続人全員が葬儀に出席していた場合のように、葬儀費用を相続財産から控除することについて共同相続人全員で合意できる場合は、遺産分割の対象とすることも可能です。

なお、共同相続人間で合意ができない場合、葬儀費用を誰が負担すべきかについて、喪主負担説や相続人負担説、相続財産負担説など諸説ありますが判例はないため、負担者を明確に定めることはできません。通常は、喪主や親族がいったん立て替えて支払うか、相続財産たる現金で支払ってしまうことが多いと思われます。

10 香典

香典は、葬儀主宰者等が負担した葬儀費用について、その一部を負担することを目的に第三者から葬儀主宰者等に対する贈与と考えられます。

したがって、相続財産にあたらず、遺産分割の対象ではありません。

もっとも、共同相続人間の合意により葬儀費用を相続財産から控除する場合には、葬儀費用から香典分を差し引くことが多いと思われます。

まとめ

以上が、遺産の範囲を確定するために知っておいていただきたいポイントとなります。

なお、東京家裁における遺産分割調停では、段階的進行モデルが厳格に採用されており、①相続人の範囲、②遺産の範囲、③遺産の評価、④修正事情(特別受益・寄与分)の考慮、⑤遺産の分割方法、の順で調停が進められるため、仮に③遺産の評価や④特別受益の有無が実際の争点であったとしても、まずは②遺産の範囲を確定させてからでないと、その次の段階の議論に進めないことになります。

そのため、遺産の範囲を早期に確定させることは、遺産分割の早期解決のためにも重要といえます。そこで、弁護士等の専門家に、遺産相続の付随業務として、遺産の調査を依頼されることをご検討されてみてはいかがでしょうか。CST法律事務所では、遺産分割に先立ち、「調査だけサポートプラン」をご用意しております。

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