法律コラム

法律コラム

遺産の範囲に争いがある場合 ~名義預金

事例|金庫から長女名義の通帳と印鑑が発見されたケース

先日、父が亡くなりました。母は既に他界していますので、父の相続人は、私(長男)と妹(長女)の2人です。

父の遺産としては実家の不動産があり、それ以外に預金がどの程度あるかについては分かりませんでした。妹も分からない、とのことだったので、鍵屋さんを呼んで、父の書斎にあった金庫を開けてみました。

そうしたところ、権利証のほか、父名義の通帳が3つと、妹名義の通帳と印鑑が出てきました。妹名義の通帳履歴を見ると、妹が10歳になるまで毎年100万円入金されていて、それ以降の入金はなかったので、残高は1000万円と利息分でした。

妹は、「私名義の通帳だから私がもらっていいのよね」と言って、通帳を持って行ってしまいました。しかし、父が勝手に妹名義の通帳に預金をしただけで、あくまで父のお金が原資になっていると思いますので、父の遺産、ということにならないのでしょうか。

ちなみに、私名義の通帳は金庫にありませんでした。仮に、妹名義の預金は妹が取得できるとなると、同じ兄弟なのにとても不平等で、まったくもって納得がいきません。

架空の事例です

はじめに

預金の名義が被相続人以外の方になっている場合でも、いわゆる「名義預金」にあたる場合は被相続人の遺産となりますので、名義人だからといってその預金をそのまま取得できるわけではありません。

勝手に当該預金を使ってしまうと、不法行為あるいは不当利得として、他の相続人の相続分に応じた金額を支払う必要があります。

それでは以下で、詳しく見ていきましょう。

01 名義預金とは?

「名義預金」とは、他人の名義で保有している預金のことをいいます。

例えば、親が、子供や孫名義の口座を開設し、その口座を親が管理しながら、定期的に口座に入金して預金を積み立てているケースなどが典型例です。

名義預金が誰に帰属するか、という問題は、相続税申告における課税対象財産の範囲遺産分割における分割対象財産の範囲を確定する段階で顕在化することになります。

名義預金は、真実の預金者に帰属します

そのため、真実の預金者に相続が発生した場合に名義預金を遺産として扱わないと、相続税申告においては税務調査の際に申告漏れを指摘される可能性があります。また、遺産分割においては、名義預金が未分割のままとなり、別途、名義預金についての遺産分割を行う必要があります。

このように、相続が発生した場合に名義預金の有無を正確に把握することは、円滑な相続手続を実現するためにとても重要なことといえます。

02 名義預金の判断基準

前述のとおり、名義預金は真実の預金者に帰属しますが、それでは、真実の預金者が誰かについては、どのように判断すればよいのでしょうか。

遺産確認請求訴訟など、裁判で預金者の確定が争われるケースも少なくありません。そこで、実際に預金者の確定を巡る判例をご紹介します。

定期預金に関する判例

預金原資の出捐者の妻が、他人「A」の印章を用いて「A」名義の無記名定期預金をしたところ、定期預金が預け替えされたうえで、「A」の定期預金が解約され、銀行がこれと「A」が代表である会社に対する債権とを相殺したため、出捐者が銀行に対し、預金の支払いを求めたという事案で、裁判所は、真実の預金者の確定について、以下のとおり判示しました。

最判昭和48年3月27日民集27巻2号376頁
『無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であっても、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり、出捐者をもって無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例であり、・・・今これを変更する要はない。』(下線引用者)

普通預金に関する判例

損害保険代理店「B」が保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で開設した「損害保険会社A代理店B」名義の普通預金口座について、真実の預金者がAかBかが争われた事案で、裁判所は以下の理由を示し、当該預金は代理店である「B」に帰属すると判断しました。

最判平成15年2月21日民集57巻2号95頁
・金融機関との間で普通預金契約を締結したのは「B」である
・本件預金口座の名義が預金者として「B」ではなく「A」を表示しているとは認められない
・「A」が「B」に対し、金融機関との間での普通預金契約締結の代理権を授与していた事情はない
・本件預金口座の通帳及び届出印は「B」が保管しており、当該口座への入金及び払戻しを行っていたのは「B」である
・金銭については、占有と所有とが結合しているため、金銭の所有権は常に金銭の受領者(占有者)である受任者に帰属し、受任者は同額の金銭を委任者に支払うべき義務を負うことになるに過ぎない
・「A」の代理人である「B」が保険契約者から収受した保険料の所有権はいったん「B」に帰属し、「B」は同額の金銭を「A」に送金する義務を負担することになるのであり、「A」は「B」から送金を受けて初めて保険料に相当する金銭の所有権を取得する
・したがって、本件預金の原資は「B」が所有していた金銭に他ならない

また、債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任事務処理のため委任者から受領した金銭を預け入れるために弁護士の個人名義で開設した普通預金口座に係る預金債権の帰属について、裁判所は、以下のとおり判示し、当該口座に係る預金債権は、弁護士に帰属する、と判断しました。

最判平成15年6月12日民集57巻6号563頁
『このように債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任者から債務整理事務の費用に充てるためにあらかじめ交付を受けた金銭は、民法上は同法649条の規定する前払費用に当たるものと解される。そして、前払費用は、交付の時に、委任者の支配を離れ、受任者がその責任と判断に基づいて支配管理し委任契約の趣旨に従って用いるものとして、受任者に帰属するものとなると解すべきである。受任者は、これと同時に、委任者に対し、受領した前払費用と同額の金銭の返還義務を負うことになるが、その後、これを委任事務の処理の費用に充てることにより同義務を免れ、委任終了時に、精算した残金を委任者に返還すべき義務を負うことになるものである。そうすると、本件においては、上記500万円は、上告人A(弁護士)が上告会社から交付を受けた時点において、上告人A(弁護士)に帰属するものとなったのであり、本件口座は、上告人A(弁護士)が、このようにして取得した財産を委任の趣旨に従って自己の他の財産と区別して管理する方途として、開設したものというべきである。・・・これらによれば、本件口座は、上告人A(弁護士)が自己に帰属する財産をもって自己の名義で開設し、その後も自ら管理していたものであるから、銀行との間で本件口座に係る預金契約を締結したのは、上告人A(弁護士)であり、本件口座に係る預金債権は、その後に入金されたものを含めて、上告人A(弁護士)の銀行に対する債権であると認めるのが相当である。』(括弧書引用者)

実際の判断基準

上記各判例は、それぞれの事案ごとに、真実の預金者が誰であるかを個別に判断しており、預金の帰属における一般的な判断基準を示すものではありません。

もっとも、いずれの判例の事案でも、当該預金の真実の所有者が誰かが検討されており、その判断に際しては、①預金の出捐者、②通帳や届出印の管理者、③口座使用者(入出金者)がそれぞれ実際は誰であったのか、などの事情が考慮されています。

03 名義預金が発見された場合の対処法

引出し前における対処法

名義預金の存在が判明した場合に、まだ当該預金が引き出される前であれば、名義人に勝手に引き出しをしないように協力を求めるとともに、金融機関に対しても、当該口座が名義預金であるため、名義人からの引き出しに応じないように事前に求めておくことが安全かと思います。

そのうえで、遺産分割協議においては、名義預金を遺産分割の対象財産とすることについて、相続人間での合意を目指します。

仮に、相続人間で名義預金の遺産該当性に争いが生じるような場合には、遺産分割の前提問題として、まずは、名義預金が遺産にあたるか否かについて判決をもって確定しておく必要があります。そこで、遺産確認請求訴訟を提起し、名義預金の遺産該当性を確定させることになります。

そのうえで、裁判所の判断を前提に、改めて遺産分割協議を行うことになります。

引出し後における対処法

すでに名義預金が引き出されてしまっている場合、遺産が使い込まれてしまった場合と同様に、名義人に対し、不法行為の損害賠償請求あるいは不当利得の返還請求を行うことになります。

その請求の前提として、そもそも当該預金の真実の預金者が誰かが争われることになり、名義預金であって真実は被相続人の預金であったと認定されれば、使い込みの問題として扱われることになります。

まとめ

 POINT 01 速やかに名義預金の有無を把握する

 POINT 02 名義預金であることに争いがない場合、遺産であることを相続人間で合意する

 POINT 03 名義預金性に争いがある場合、裁判での解決を図る

いかがでしたか。「名義預金」については、あくまで真実の預金者に帰属します。そして、真実の預金者は、①預金の出捐者、②通帳や印鑑の管理者、③口座使用者がそれぞれ実際は誰であったのか、という観点から判断されることになります。

事例のケースでは、妹名義の預金は、①父が原資を出捐し、②通帳や印鑑は父の金庫で管理されており、③実際に入金を行ったのは父と推認される(最後の入金が10歳なので、妹本人がやっていたとは考え難い)ため、真実の預金者は父と認定されるものと思われます。

そのため、妹は、自分名義の預金であったとしても、勝手に引き出し、費消することはできないことになります。

名義預金にあたるか否かの判断は、個別の事実関係によっても異なり得ますので、判断に迷う場合は、弁護士や税理士等の専門家にご相談されることをおススメいたします。

遺産相続・税務訴訟
・その他の法律問題に関するご相談は
CST法律事務所にお任せください

03-6868-8250

受付時間9:00-18:00(土日祝日除く)

関連記事

生前における遺留分対策の可否とその方法

生前における遺留分対策の可否とその方法

事例で考える相続

協議書に押印してもらえない場合の対処法

協議書に押印してもらえない場合の対処法

事例で考える相続

養子の子と代襲相続権

養子の子と代襲相続権

事例で考える相続

お問い合わせ

法律相談に関するお問い合わせは、
下記のメールフォームよりご相談ください。

お問い合わせ
Page Top