法律コラム

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戸籍と真実、どちらが優先?

事例|戸籍の記載が真実とは異なるケース

父が死亡しました。相続人は、戸籍上、母と兄と私の3人です。

兄と私は、顔も性格も似ていないので、「本当に私の兄か」と生前の父に聞いたことがありました。もちろん、否定してくれると思って聞いたわけですが、なんと父からは、「実はうちに子供がいなかったから、長男については、兄貴(私にとっては伯父)の子を俺の子として届け出たんだ」ということを言われました。。

当時はとても驚きましたが、深入りしてはいけないと思い、それ以上、掘り下げて聞いていませんでした。しかし、父が亡くなった今、冷静に考えてみると、兄は、戸籍上は確かに父の長男ですが、実際は父の子ではない、ということになると思います。

この場合でも、兄は相続人になってしまうのでしょうか。仮に父が、長男を認知していた場合は結論は変わっていたのでしょうか。

戸籍の記載と真実の親子関係のどちらが優先するのか、教えていただきたいです。

架空の事例です

はじめに

戸籍の記載が必ずしも真実を反映しているとは限りません。真実とは異なる届け出や身分行為が行われ、それが戸籍にそのまま反映されてしまっている場合もあります。

しかし、真実とは異なる届け出や身分行為は無効ですので、いくら「子」として戸籍に記載されたとしても、相続権が生じることはありません。

それでは以下で、詳しく見ていきましょう。

01 真実に反する出生届とその効果

子がいない夫婦の間に生まれたものとして、実際には他人の子を実子として出生届が出されるということが、稀に行われることがあります。その場合、実子として届け出られた子は、当然のことながら、戸籍上の両親との間に自然血族関係がありません。

そして、戸籍事務は、形式的要件を満たしていれば受理する運用のため、戸籍の記載が必ずしも真実を反映しているわけではなく、戸籍の記載により自然血族関係が生じるわけでもありません。

そのため、他人の子を実子として届け出た場合は、出生届自体が無効となります。

この点について、他人の子を実子として出生届をする行為に法律上の親子関係を形成する意思が窺えるとして、無効な出生届の養子縁組届出への転換を認めるべき、という見解もあります。しかし判例は、以下のとおり述べて、無効な出生届の養子縁組届出への転換を認めていません。

最判昭和25年12月28日民集第4巻13号701頁
『養子縁組は本件嫡出子出生届出当時施行の民法第八四七条第七七五条(現行民法第七九九条第七三九条)及び戸籍法にしたがい、その所定の届出により法律上効力を有するいわゆる要式行為であり、かつ右は強行法規と解すべきであるから、その所定条件を具備しない本件嫡出子の出生届をもつて所論養子縁組の届出のあつたものとなすこと(殊に本件に養子縁組がなされるがためには、上告人は一旦その実父母の双方又は一方において認知した上でなければならないものである)はできない』

このように、他人の子を実子として届け出た場合、出生届自体が無効であり、また、養子縁組への転換も認められないため、当該戸籍上の実子は、戸籍上の両親の「子」(民法887条1項)にはあたらず、両親の相続人とはなりません。

なお、遺産分割の際に、出生届の有効性、すなわち戸籍上の両親の「子」に当たるか否かが争われるような場合には、遺産分割の前提問題として、親子関係の有無の確認を求める訴訟を先行して行う必要があり、この判決により、既判力をもって相続人の範囲を確定させることになります。

02 真実に反する認知とその効果

自然血縁関係がない者を認知した場合、その認知は無効です。もっとも、戸籍上は婚外子として父の「子」として記載されるため、認知の効力を否定する場合には、認知無効の調停または訴えを提起する必要があります。

認知無効を主張できる者は、「子その他の利害関係人」(民法786条)と規定されています。本件の相談者は、長男の認知が有効となると自己の相続権が害される関係にあるため、利害関係人に当たります。

そして、認知無効の訴えは、父の死亡後は3年以内に提起しなければなりません(民法 787 条)。

それでは、実際に認知をした父親自身は、「利害関係人」に含まれるのでしょうか。事例のケースで、父が生前に、認知無効の訴えを提起することができたのかが、問題となります。

この点に関し、判例 (最判平成26年1月14日民集第68巻1号1頁)は、認知者が認知をするに至る事情は様々で、自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でないこと、認知を受けた子の保護の観点からみても、あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しいこと、認知者が当該認知の効力について強い利害関係を有することは明らかであることなどの理由から、『認知者は、民法786条に規定する利害関係人に当たり、自らした認知の無効を主張することができる。この理は、認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない』と判示しています。

もっとも、同判例では、『具体的な事案に応じてその必要がある場合には権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能である』と判示しており、認知無効の主張自体が権利濫用に当たる場合があることを示唆しています

そして、本件と同様、真実の親子関係が争われた事案(他人の子を実子として虚偽の出生の届出がなされた後、約51年にわたり実の親子と同様の生活実体があった事案)において、最高裁 (最判平成18年7月7日集民第220号673頁)は、生活実体の期間の長さ、親子関係が不存在とされることでの精神的苦痛、経済的不利益、親子関係不存在を主張するに至った経緯、動機、目的などの諸般の事情を考慮し、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには、当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべき、と判示しています。

この判断枠組みは、認知無効の訴えが権利濫用に当たるか否かを判断するに際しても参考となります。

また、認知が無効であるとしても、その認知が養子縁組を企図したものであった場合に、その認知届を養子縁組届として養子縁組が成立するかが問題となるも、判例(最判昭和54年11月2日集民第128号87頁) は、この場合に養子縁組の成立を否定しています。

この事案は、認知者が被認知者の法定代理人と婚姻したというケースですが、『養子縁組は、養親となる者と養子となる者又はその法定代理人との間の合意によつて成立するものであつて、認知が認知者の単独行為としてされるのとはその要件、方式を異にし、また、認知者と被認知者の法定代理人との間の婚姻が認知者と被認知者の養子縁組に関する何らかの意思表示を含むものということはできない』と判示しています。

なお、認知無効の判決が確定したときは、認知は遡及的に効力を失います。その結果、被相続人の「子」の地位を喪失するため、父の相続権を有しないことになります。

03 事例の検討

事例のケースでは、兄は伯父の子であり、父の子として届け出られた出生届自体が無効です。そのため、戸籍には父の子として記載されているとしても、兄は父の相続権を有しません。

そして、兄の相続権の有無について紛争となる場合は、遺産分割の前提として、親子関係不存在確認訴訟を提起し、兄が父の子であるのかについて、判決をもって確定させることが必要になります。

また、仮に父が、兄の子である長男を認知していた場合、その認知は無効です。そこで、遺産分割の前提として認知無効の訴えを提起し、認知が無効であるとの判決が確定することにより、認知は遡及的に無効となります。その結果、長男は、当初より父の相続人の地位を有しないことになります。遺留分の問題も生じません。

もっとも、父と長男が、長期にわたり同居しており、認知無効により長男が精神的・経済的に著しい不利益を受けるような事情が認められる場合には、認知無効の主張自体が権利濫用であるとして、制限を受ける場合がありますので、注意が必要です。

まとめ

 POINT 01 戸籍の記載が真実とは限らず、他人の子を実子として出生届をした場合は、その出生届が無効

 POINT 02 他人の子を認知した場合、かかる認知は無効であり、養子縁組としての効果も認められない

 POINT 03 認知無効の主張をすることが、権利濫用であるとして制限される場合がある

いかがでしたか。戸籍の記載と真実の親子関係が異なる場合、真実の親子関係を前提にした法律関係や相続権が正しい、ということになります。戸籍に記載されたからといって、真実ではない届け出や身分行為が追認され、有効となるわけではありません。

もっとも、戸籍の記載が「真実ではない」として争わなければ、戸籍の記載を前提に、親子関係や相続権が判断されてしまうことになります。そして、認知などの身分行為を争う場合は、出訴期間の制限がある場合が少なくありません。

そこで、戸籍の記載が真実ではないと考える場合、弁護士等の専門家に相談し、早めにアクションを起こされることをお勧めいたします。

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