法律コラム

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協議書に押印してもらえない場合の対処法

事例|遺産分割協議は成立したが、署名押印を拒まれたケース

父の相続です。相続人は、母と私(長男)と妹(長女)の3人です。遺産は、実家の土地建物(時価3000万円)と預金が3000万円あります。

私は実家で両親と同居していましたが、相続税の負担を少しでも抑えたいという考えもあったので、今回の相続では、母が実家を取得し、私が預金を取得し、妹には代償金として1500万円を支払う、という内容で、妹にメールで遺産分割案を提案しました。これに対し、妹からは「それで構わないよ」との返信がありました。

そこで、遺産分割協議書を送ったのですが、署名だけして返送があり、何度お願いしても、実印での押印と印鑑証明書の交付をしてくれません。その一方で、協議は成立したのだから、早く1500万円を支払って欲しい、と何度も督促を受けています。

妹は、遺産分割協議が成立したことを争ってはいませんが、協議書への押印や印鑑証明書の交付に協力してくれず、相続登記も預金解約もできません。

妹の押印や印鑑証明書を預かることなく、相続手続を行う方法はないのでしょうか。

架空の事例です

はじめに

相続登記や預金解約などの相続手続を進めるためには、原則として、遺産分割協議書に相続人全員の署名押印と各人の印鑑証明書が必要になります。

もっとも、遺産分割協議自体は口頭でも成立するものであり、成立していること自体が明らかな場合は、必ずしも協議書への署名押印や印鑑証明書がなくても、判決により相続手続を進められる場合があります。

それでは以下で、詳しく見ていきましょう。

01 相続手続には相続人全員の署名押印及び印鑑証明書が必要

遺産分割協議は、相続人全員の合意がなければ成立しません。相続人の誰か1人でも欠けて行われた遺産分割協議は無効です。

遺産分割協議自体は口頭でも成立しますので、必ず遺産分割協議書が作成されなければならない、というものではありません。もっとも、口頭で成立したと主張する場合、他の相続人に翻意されると、例えば「いや合意するとは言っていない」「検討すると言っただけ」と弁解されてしまうと、結局、協議が成立したことを立証することが難しくなります。

そこで、通常は、相続人間における遺産分割協議の成立を客観的に明らかにしておくために、遺産分割協議書を作成します。そして、各相続人が内容を了解したうえで作成されたことを担保するために、相続人署名欄には各相続人が自署し、実印で押印をするのが慣例となっています

そのうえで、相続登記や預金の解約手続を行う場合、法務局や金融機関からは、協議書に押印された各相続人の印鑑証明書の提出を求められることになります。

このように、実務上、相続手続を行うためには、遺産分割協議書に相続人全員が自署し、実印で押印し、さらに印鑑証明書を提出しなければならない、ということになります。

02 印鑑証明書のみ交付してくれない場合

上記のとおり、相続手続を進めるためには、遺産分割協議書を作成し、各相続人が署名押印(実印)し、印鑑証明書を交付する必要があります。

当初は、相続人間で意見が異なりなかなか協議が進行しないような場合でも、長期化や紛争化を避けたいとの考えから、急に協議成立の機運が高まる場合があります。そのような場合は、その機会を逃さず、協議書に合意事項をまとめ、各自が署名押印をしておくことが重要です。

もっとも、遺産分割協議が成立し、全相続人の署名押印を得て、遺産分割協議書自体の作成が完了した後に、特定の相続人が印鑑証明書を交付してくれない、という場合が起こり得ます。その場合、どのように対応すればよいのでしょうか。

このような場合、遺産分割協議の成立を主張する相続人は、印鑑証明書を交付しない相続人を相手方として、遺産分割協議書が真正に成立したことの確認を求める訴訟(証書真否確認請求訴訟)を提起し、その勝訴判決を印鑑証明書の代わりに添付することで、相続手続を進めていくことができます。

詳しくは、法律コラム「遺産分割協議成立後に印鑑証明書を交付してくれない場合の対処法」をご参照ください。

03 押印がない場合

それでは、遺産分割協議自体は成立し、全相続人の署名はあるものの、1人だけ実印を押してくれないという場合はどうなるでしょうか。

事例の場合もまさにこのケースであり、先程の証書真否確認請求訴訟を提起することになるのか、それとも別の訴訟を提起するのか、あるいは両方の訴訟を提起する必要があるのかが問題となります。

同様のケースにおいて、登記先例(平成5年2月5日法務省民三第1774号民事局長通達)では、以下のような回答がなされています。

【事例】
相続人が甲、乙、丙の3名であり、当初、不動産を甲が取得するということに相続人全員が合意し、遺産分割協議書を作成・署名したが、このうち乙が翻意して協議書への押印を拒否したケース

【回答(要旨)】
(甲が原告となり、乙を被告として、当該不動産の所有権確認の訴えを提起し、甲がこれに勝訴して、その判決理由中に遺産分割協議が成立して原告が当該不動産を相続したことの記載があった時には、この判決及び遺産分割協議書を添付して相続による所有権移転の登記を申請すれば、)受理されると考える

遺産分割協議に基づく相続登記において、遺産分割協議書及び印鑑証明書を添付書類とする趣旨は、遺産分割協議書の申請を担保し、これにより無効な登記がなされることを防止する点にあると考えられています。すなわち、これらの書類は真正な相続登記であることを担保するための書類ということです。

そうすると、これらの書類に代えて、登記の真正を担保できる書類が提出できれば相続登記を認めてよく、上記の登記先例の事例の場合、判決理由中で遺産分割協議の成立が認められるとして甲が当該不動産の所有権を有するという勝訴判決がなされれば、その判決をもって相続登記の真正は担保されるといえるでしょう。

そのため、乙の押印がなくとも、判決理由中で遺産分割協議の成立を認めた所有権確認訴訟を勝訴判決を添付すれば、登記申請は受理される、ということになるものと考えられます。

なお、所有権確認請求訴訟と遺産分割協議書の真否確認の訴えを併合提起することに関し、判例(大判昭和19年1月20日民集23巻1頁)は、書面の真否だけでなく、書面記載の法律関係自体の確認を求める必要がある場合には、証書真否確認は訴えの利益を欠くとし、さらに書証の成立が、既に所有権の確認判決等の理由中で認められているときには、さらに同一の権利関係を明らかにするため、改めて証書真否確認の訴えを提起することはできない、と判示しています。

そのため、押印と印鑑証明書の交付がない場合、①所有権確認訴訟のみを提起すればよく、これと②証書真否確認請求訴訟を提起した場合、②は訴えの利益(確認の利益)を欠くものとして却下されることになります。

また、相続人全員を当事者として所有権確認請求訴訟を提起した場合、その判決理由中で遺産分割協議が成立し、所有権を取得した旨の勝訴判決を得たとすれば、遺産分割協議書や相続人全員の印鑑証明書の代わりに、その判決書を添付書類として相続登記を申請することが可能であると考えられています。

04 署名すらない場合

それでは、署名すらない場合はどうなるでしょうか。

上記のとおり、遺産分割協議自体は口頭でも成立しますので、所有権確認請求訴訟を提起し、判決理由中で遺産分割協議が成立し、所有権を取得した旨の勝訴判決を得れば、その判決書を添付書類として相続登記を申請することは可能です。

もっとも、署名すらない場合に、どのように遺産分割協議の成立を裁判所に認定してもらうか、という点は非常に悩ましく、署名がある場合とは状況が大きく異なります。

例えば、遺産分割協議書に署名がある場合、民事訴訟においては、当該協議書は真正に成立したことが推定されます(民事訴訟法第228条4項)ので、真正な成立を争う側で、例えば、「この署名は騙されて書かされたものである」などを立証していく必要があります。

しかし、署名もないと民事訴訟法228条4項に基づく推定も働かないので、例えば「先日の発言は、検討すると言っただけで、遺産分割案を了承し、協議の成立を認めたわけではない」と言われてしまうと、録音でも取っていない限り、「認めた」ということを客観的に立証することは非常に難しいと言えるでしょう。

このように、署名すらない場合には、いかに遺産分割協議の成立を立証していくか、という点にまずは注力し、録音やメール、LINE等のやり取りなどによる立証を検討しましょう。

まとめ

 POINT 01 相続登記などの相続手続には相続人全員の署名押印及び印鑑証明書が必要

 POINT 02 印鑑証明書の添付がない場合は証書真否確認請求訴訟の勝訴判決を添付して相続登記を行う

 POINT 03 押印がない場合は所有権確認請求の勝訴判決を添付して相続登記を行う

いかがでしたか。

遺産分割協議書に署名のみがあり押印がない場合、所有権確認請求訴訟を提起し、理由中で遺産分割協議の成立が認められた勝訴判決を取得できれば、その判決書を添付書類として、押印や印鑑証明書の添付なく、相続登記をすることが可能です。

事例のケースでは、妹は遺産分割協議書に署名しており、さらに、協議書の内容に基づく代償金の支払請求を行うなど、遺産分割協議が成立したことを前提に行動していますので、協議の成立は認められる可能性が高いと考えられます。

そこで、妹が押印に協力しないのであれば、粛々と訴訟を提起し、判決を取得して、相続登記を実現するのが現実的ではないかと思いますので、具体的な進め方は、この辺の手続に詳しい弁護士にご相談いただくのがよいと思います。

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