
協議書に押印してもらえない場合の対処法
事例で考える相続
2023/04/28
父が亡くなりました。相続人は母(87歳)と私(長男)、弟(次男)、妹(長女)の3人です。母は、数年前に認知症を発症し、1年前からグループホームに入居しています。ここ最近は、私が行っても誰か認識してもらえず、弟や妹も同様のようです。
父の遺産としては自宅と預金があるのですが、誰が何を取得するかで兄弟間でもめてしまい、収拾がつかない状況となってしまいました。。そこで、やむなく調停にしようと思っています。
しかし、母の現在の状況からすると、調停への出席はできませんし、そもそも、父が亡くなったことすら正確に認識していないような気がします。。
このような状況ですが、父の遺産分割を行うには、母を当事者として行ってしまってよいのでしょうか。ダメな場合、誰との間で、どのように進めていけばよいのでしょうか。
※架空の事例です。
相続人の中に認知症の人がいて、もはや正常な判断能力を有していないような場合には、成年後見人を選任したうえで、成年後見人との間で遺産分割協議を行う必要があります。
それでは以下で詳しく見ていきましょう。
目次
遺産分割協議は、相続分の譲渡や相続分の放棄をした相続人を除き、相続人全員との間で行う必要があります。一部の相続人を欠いて行った遺産分割協議は無効です。
もっとも、相続放棄をした人は、最初から相続人ではなかったことになるので、遺産分割協議の当事者とする必要はありません。
また、相続欠格や廃除審判により相続権を失うケースもあり、その場合も遺産分割協議の当事者とする必要はありませんが、欠格事由の該当性や廃除審判の有効性に争いがある場合には、遺産分割の前提として、相続権不存在確認請求訴訟等により相続人の範囲をまずは確定させておく必要があります。
認知症だからと言って相続権を失うわけではありませんので、認知症の方も、相続人となります。事例における母も、当然、相続人です。
もっとも、認知症により判断能力が低下してしまっている場合、単独では有効に法律行為を行えない場合があります。そこで、法律行為を有効に行うために、法定後見制度を利用することが考えられます。
法定後見制度には、本人の判断能力の低下の程度に応じて、以下の3種類があります。
判断能力を「欠く常況」にある場合には、家庭裁判所は、申立てにより、「成年後見人」を選任します。
申立権者は、本人、配偶者、4親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、検察官です。
判断能力が「著しく不十分」である場合には、家庭裁判所は、申立てにより、「保佐人」を選任します。
申立権者は、本人、配偶者、4親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人)、補助人、補助監督人、検察官です。
判断能力が「不十分」である場合には、家庭裁判所は、申立てにより、「補助人」を選任します。
申立権者は、本人、配偶者、4親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人)、保佐人、保佐監督人、検察官です。
それでは次に、法定後見の審判が行われた場合に、遺産分割協議は、誰との間で、どのような制約のもとで行うのかを確認します。
成年後見人は、成年被後見人の法定代理人として包括的な代理権を有するため、成年後見人が遺産分割協議や遺産分割調停に参加します。
被保佐人が遺産分割を行う場合、基本的には被保佐人本人が遺産分割協議の当事者となりますが、遺産分割を行うためには保佐人の同意が必要になります。
なお、家庭裁判所の代理権付与の審判により、保佐人に遺産分割についての代理権が付与された場合は、保佐人が代理人として遺産分割協議や遺産分割調停に参加します。
被補助人が遺産分割を行う場合、基本的には被補助人本人が遺産分割協議の当事者となりますが、家庭裁判所の同意権付与の審判により遺産分割について補助人に同意権が付与された場合は、遺産分割を行うためには補助人の同意が必要になります
なお、家庭裁判所の代理権付与の審判により、補助人に遺産分割についての代理権が付与された場合は、補助人が代理人として遺産分割協議や遺産分割調停に参加します。
成年後見人・保佐人・補助人も相続人の1人である場合、法定後見人として遺産分割協議を行うことは利益相反となります。
その場合、成年後見監督人、保佐監督人、補助監督人がいれば、その者が遺産分割の当事者となりますが、監督人もいない場合には、成年後見人の場合は特別代理人を、保佐人・補助人の場合はそれぞれ臨時保佐人・臨時補助人の選任を家庭裁判所に申し立てて、特別代理人・臨時保佐人・臨時補助人が代理権や同意見を行使します。
以上の理解を前提に、事例のケースを検討してみます。
母は、見舞いに来た子供たちを認識することができない状況ですし、夫の死についても正確に認識していないということですので、判断能力を「欠く常況」にあると言わざるを得ません。
そうすると、母が有効に遺産分割を行うためには、後見開始の審判を申立てたうえで、成年後見人を選任したうえで、成年後見人との間で、遺産分割協議や遺産分割調停を行う必要があります。
本件では、遺産分割という親族間の紛争が前提として存在しますので、弁護士等の専門職が後見人として選任されるものと思われますが、今後は、その後見人との間で、遺産分割協議や調停を行うことになります。
なお、成年後見人は、本人(成年被後見人)の財産を保護すべき立場にありますので、例えば、相続対策として生前贈与・生命保険の加入、不動産の購入や賃貸経営などの相続対策を行うことなど、成年被後見人の財産維持に反するような行為のほか、遺産分割において、二次相続を見据えて一時相続ではほとんど遺産を取得しないなどの柔軟な対応が非常に難しくなってしまいます。
この点は、成年後見制度を利用することでの遺産分割における事実上の弊害、ということが言えるのではないでしょうか。
POINT 01 相続人が認知症の場合、法定後見制度の利用を検討する
POINT 02 成年後見人・保佐人・補助人が本人を代理し、または同意する
POINT 03 法定後見制度の利用により、柔軟な遺産分割は困難になる
いかがでしたか。相続人が認知症になるなどして判断能力が低下した場合、遺産分割を行うためには、法定後見制度を利用し、成年後見人・保佐人・補助人が本人を代理するか、保佐人・補助人が本人の行為に同意する必要があります。
事例のケースでは、母は、子供も認識できず、夫の死も正確に認識できない状況ですので、判断能力を「欠く常況」と言わざるを得ず、遺産分割協議や遺産分割調停を行うためには後見開始の審判を申し立て、成年後見人を選任するしかないでしょう。
もっとも、そうなると成年後見人は母の法定相続分1/2については譲らないと考えられますので、二次相続を見据えた遺産分割案とすることは非常に難しくなってしまいます。
相続人が認知症となってしまうようなケースについても、紛争を防止し、スムーズな相続手続を実現するために、やはり遺言を作成しておくのが有用だと思います。
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