
生前における遺留分対策の可否とその方法
事例で考える相続
2023/08/22
父が亡くなりました。相続人は、母と兄(長男)と私(次男)の3人です。遺産は、生前に父と母が住んでいた実家の戸建て(時価2000万円)と預金2000万円です。
母は、父が亡くなった後もそのまま実家に住んでいますが、「一人では住みたくない、できれば施設に入りたい」と言っており、実家の相続を望んでいません。
一方で兄は、「長男として実家を相続することで構わないし、施設に入れるように母には預金を取得してもらって構わない。その代わり、実家は俺の好きなようにリフォームするので、母には実家からすぐ出て行ってもらいたい!」と言っています。
・・・何とも心無い兄の発言に驚きましたが、私としては、せめて遺産分割協議が成立して、母が実際に施設に入所できるようになるまでの間は、母には引き続き実家に住まわせてあげたいと思っています。
それでも、実家を相続しない母は、すぐに実家を明け渡さなければいけないのでしょうか?
※架空の事例です。
相続法が改正され、配偶者短期居住権が創設されました。これにより、相続発生後の一定期間に限っては、登記などの対抗要件がなくとも配偶者の短期的な居住権が法的に保護されるようになりました。
それでは以下で詳しく見ていきましょう。
事例の長男は、何とも心無い発言をしているとお感じになられた方も少なくないのではないでしょうか。実際、この長男の感覚に共感できません。。
本来は、次男が言うとおりに、長男が実家を取得しつつも、施設に入るまでは母をそのまま実家に住まわせてあげれば、何の問題もありません。
しかし、母が法律上当然に「施設に入るまでは住まわせて!」という要求ができるかと言えば、残念ながらそうではないのです。
夫が所有する建物に妻が同居している場合、法律的には、妻は夫の「占有補助者」として居住建物を使用している、と言える場合がほとんどです。その場合、夫が死亡することで、妻は夫の「占有補助者」としての地位を失ってしまいますので、当然には居住建物を使用することができなくなってしまいます。
もっとも、相続の発生により直ちに居住建物から出ていかなければならないとすると、夫と同居していた妻にとってあまりにも酷といえます。
そこで、判例は、以下のとおり判示し、夫と同居していた妻にも、特段の事情がない限り、遺産分割が終了するまでの間は、使用貸借を根拠に居住権を認めてきました。
【判例】
『共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される』(最判平成8年12月26日)
しかし、上記の判例理論は、被相続人の意思を合理的に解釈、つまり普通であればこう考えるだろうと解釈した結果に過ぎません。
仮に被相続人が、「私が死んだら妻は自宅からすぐに出ていくように」との意思を生前に表示していた場合、または、遺言で居住建物を第三者に遺贈してしまった場合など、判例がいう「特段の事情」があるような場合には、相続開始後の使用貸借契約の成立が推認されず、やはり妻の居住権は法的に保護されなかったのです。
そこで、改正相続法では、上記判例の「特段の事情」があるような場合も含めて、被相続人の意思にかかわらず、相続発生後の一定期間に限っては配偶者の短期的な居住権を法的に保護すべく、「配偶者短期居住権」が創設されました。
「配偶者短期居住権」は、亡くなった方の配偶者であり、かつ、同居していたという要件を満たしていれば、一定の手続や登記等をせずとも、基本的には、遺産分割が終わるまで同居建物に居住し続けられることを法的に保護する権利ですので、配偶者を保護するために創設された権利と言えます。
施行日は令和2年(2020年)4月1日です。
配偶者短期居住権の適用を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります(1037条1項)。
※「配偶者」には、内縁の配偶者は含まず、また、相続欠格事由が存在する場合や廃除された配偶者は除きますが、相続放棄した配偶者は含みます。
つまり、相続放棄をした配偶者も、配偶者短期居住権を取得します。
相続開始から以下の各期間まで、居住建物を無償で使用する権原を取得します。そして、存続期間が短期間に限定されるのが通常であるため、登記などの対抗要件制度は設けられていません。
①遺産分割により居住建物の帰属が確定した日、
又は
②相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日(1037条1項1号)
つまり、基本的には遺産分割が成立する日までであり、相続開始時から6か月以内に遺産分割が終了した場合でも、少なくとも6か月間は居住権が認められる、ということになります。
居住建物の取得者が、配偶者短期居住権の消滅申入れの日から6か月経過する日(1037条1項2号、同条3項)
配偶者短期居住権を有する配偶者は、用法遵守義務や善管注意義務を負い(1038条1項)、通常の必要費を負担します(1041条、1034条1項)。また、配偶者短期居住権は譲渡することができません。
一方で、居住建物所有者は、配偶者による居住建物の使用を妨げてはならない義務を負います(1037条2項)。
POINT 01 相続法改正により配偶者短期居住権が創設された
POINT 02 相続開始から一定期間、配偶者の短期の居住権が法的に保護されるようになった
POINT 03 施行期日は令和2年4月1日
いかがでしたか。相続法改正により、令和2年4月1日以降に発生した相続に関しては、相続開始の時から6か月間、もしくは遺産分割が終了するまでの間、被相続人と同居していた配偶者には、配偶者短期居住権が認められることになります。
事例のケースでは、少なくとも遺産分割協議が成立するまでは、母は実家に居住し続ける権利を有しますので、実家を相続する意向がない場合であっても、実家を早期に明け渡す必要はありません。
長男の心無い意見に対しては、配偶者短期居住権という法的権利があることをしっかりと説明して、理解してもらいましょう。
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